3月28日、「三井住友海上・あいおいが合併」というニュースが駆け巡った。以前から噂されてきたが、今回こそ現実味を帯びた様子で業界人の度肝を抜いた。
同時に関係先に「2027年4月を目途に合併するために、今後、具体的な検討・対応準備を進めることを決定した」とのニュースレターが届いたとのことである。ただ、このレターに「国内損保市場シェア№1のポジションを有する損保となる」とも記載されており、まだ、規模に拘るのか?と閉口したのも事実である。
現時点では、「機能別再編」で整理(片寄せ)したとはいえ、二つのエンティティーが存在する以上、どうしても限界があって究極の効率化にはなりえないと考える。「経営環境が厳しい、競争力強化は必須、持続可能なビジネスモデルの追及が必要…」などと言われるなかでは、正解であろう。
当該グループの変遷を振り返ると、2001年4月に大東京・千代田が合併してあいおいが誕生、同時期にニッセイと同和も合併、少し遅れて2001年10月に三井海上・住友海上が合併して三井住友海上が誕生した。
当時、損保各社のマネジメントは規模と効率化を妄信的に志向して焦っていたと記憶している。
その後、2010年4月にMS&ADインシュアランスグループとして持株会社方式による経営統合となった(あいおいとニッセイ同和は2010年10月に合併)。
2001年当時、あいおいでは、フォートレスリーで痛手を受けた千代田に大東京が嵩(カサ)にかかって一時は占領軍化したが、その後、大東京の威勢の良さだけでは立ちいかなくなり、千代田が巻き返して現在に至っていると聞く。
三井海上と住友海上では、「企業文化が違う!」「どっちが上だ?」などと言いながらも両財閥の銀行の合併に連動する形で合併をなしとげた。もっとも、三井海上はその前に日本火災・興亜火災との統合話があったが、住友海上との合併に利があると踏んで、サッサとこちらに乗りかえた。
当時、三井海上と住友海上の統合作業に従事した幹部は「もう二度とあんな苦労は繰り返したくない。だから更なる統合作業はやりたくない」と言っていたのが記憶に残る。このあたりの意識は当時の本社スタッフにも潜在的に共通しており、これも併存する要因になったように推測する。
他方、あいおい側には「劣位の統合になる?」という警戒もあったと推測する。トヨタとの関係でも複数社で対応する方がシェアを確保しやすい、という理屈もあり、また、日本生命との関係ではニッセイの名前は消せないとも言われていた。
多くは言い訳であったり、無用な心配であったり、いらぬお節介であろう。
1980年代に住友海上の社長であった徳増須磨夫さんが訓示で述べられた言葉「90年代は人間力が問われる時代となる」が蘇るが、日本経済の失われた30年と同様、30年を経て2020年代に「人間力を伴った血の通った合併劇を繰り広げることができるか、マネジメントにその胆力があるかどうか」が問われる。
業界再編のラストピースをはめ込んでパズルを完成していただき、業界全体で「清々と」競争してもらいたいものである。
数日経って識者のコメント等も出始めて、今後、当時からの経緯や多くの裏事情が詳らかになると思う。
こういう話は錯綜する利害関係が大きく渦巻いて「下駄を履くまで分からない」と言われるが、今回はそうならないことを願うばかりである。
ペンネーム(トムソンネットSBP:桑原宏)