第1回「保険統計号の廃刊に思うこと」(2024/9)

 保険ビジネスは、保険会社や募集人のみならず関係諸団体、監督官庁、大学等研究教育機関など多様な人々によって支えられている。様々な活動には情報を適時適切に把握することが必要だ。その意味で情報リソースに目を向ければ、日刊紙、週刊誌、書籍そして統計情報などの存在は実に大きい。

 損害保険料率算出機構や保険会社自身が管理する特別な統計情報以外に、広く一般向けに公開されている統計情報には、「ファクトブック」(日本損害保険協会が発行する会員会社の統計〔一部データは全社統計〕)と「損害保険/生命保険統計号」(株式会社保険研究所発行)があり、いずれも業界動向の分析には欠かせないものだ。

 ところが、昨年、後者の保険統計号が廃刊となった。直接的な原因は、創立96周年を迎えた運営会社の経営破綻だという。代替措置が各方面で模索されたものの、未だ再開の見通しはたってはいない。極めて憂慮すべき事態だ。この統計号はわが国の保険会社のデータを毎年収集し、業界の事業概況、事業成績概況、種目別の元受・正味保険料・保険金・支払備金・責任準備金・諸手数料・損益計算、個別各社の概況に加え、資料編として営業店舗および代理店数、株式分布と大株主、当該年度のトピックスなどが掲載され、日本保険学会や各種研究機関から発表される論文や研究ノートのほぼ全部にこの統計号の情報が使われているといっても過言ではない。今後、こうした統計情報が利用できないとすれば、業界の動向分析や未来に関する研究などに深刻な影響を及ぼすのは明らかだ。

 一方、日本以外の各国でも統計情報の公開について類似の傾向が見受けられる。米国保険情報協会(I.I.I)のザ・ファクトブックは無料ダウンロードサービスを廃止し、英国・ドイツの保険協会の資料等も有償扱いとなって久しい。また、保険会社等に帰属する研究機関も要員削減など縮小傾向は顕著で、研究論文の質や量にも影響がでている可能性が高い。民間企業の情報サービスの有償化はある程度許容でき、致し方ない面もあろう。さらに、新聞、雑誌も紙媒体からデジタルへの移行が進んでいるのも確かだが、利便性と費用のバランスが難しく、多様な利用者のニーズに即したものだとはいいがたい。情報提供者の視点と受益者の視点とのマッチングをデジタルでどのように改善していくかが問われている。

 デジタル化の波は、保険ビジネスそのものを大きく変貌させる勢いがある。昨今の保険不祥事はさておき、自動運転車の普及に伴う自動車保険の変化、生命保険におけるウエルビーイングなど保険ビジネスの根幹を揺るがす事態が予測されるなか、統計情報の切れ目ない収集と分析が大事だ。そのため、保険ビジネスの直接従事者だけでなく、研究者など多くの関係者が統計情報に手軽に速やかに触れられる仕組みが不可欠である。今こそ英知を絞り統計情報の安定供給の仕組み作りを果敢に講じる必要がある。
(小島修矢:トムソンネットSBP)