「主張」第6回「自動運転時代に向けた自賠責保険の改革」

 昭和30年(1955年)に誕生した自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)は今年で満70歳を迎える。その年、我が国の自動車保有台数は150万台を超え、モータリゼーションの入り口段階にあった。一方、自動車保険の普及は進んでおらず、営業用乗用車(ハイヤー、タクシー)ですら対人賠償の普及率は50%にも満たない時代である。一般の乗用車の普及率に至っては30%未満である。

 自賠責保険の誕生にはGHQ(連合国最高司令官総司令部)の要請があったと伝えられているが、当時の運輸省(現国土交通省)と大蔵省(現金融庁)は社会保険的な自賠責保険という独特の商品を考案する。保険料水準を極力抑制するためノンプロフィット(利益なし)で民間損保や共済にその運営を委託する一方、対人賠償だけに補償を限定し、対物賠償は強制保険の対象から除外したのである。

 誕生当時の支払限度額は、死亡補償が30万円、傷害補償は10万円であった。それが現在では死亡補償は3000万円(後遺障害事案は4000万円)、傷害補償は120万円までに充実しているが、自賠責保険制度の骨格部分は70年間まったく変わっていない。

 国土交通省は、2018年3月に『自動運転における損害賠償責任に関する研究会』の報告書を取りまとめている。この報告書では、“レベル4”の自動運転時代までは現行の自賠法とその法に基づく自賠責保険については、「改正の必要はない」、との結論に至っている。

 筆者はこの結論に強い違和感を覚えている。理屈から言えば、“レベル4”で改正の必要がないのであれば、 “レベル5”でも改正の必要はないからである。

 現在、米国や中国では“レベル4”のロボタクシー(無人運転)が普及期に入っている。我が国でも来年にはロボタクシーが導入される見通しだ。米国のウェイモによるロボタクシーの事故を調査したスイス再保険の報告によれば、その事故発生率は一般ドライバーよりも9割程度も低い。
交通事故リスクがヒトからクルマに移行する本格的な自動運転時代の到来を見据え、自賠責保険と自動車保険を一括して、次のような角度から抜本的に改革すべきである。

1. 「二階建て」制度の廃止
諸外国の交通事故被害者救済制度を調査してみると、我が国のような「二階建て」制度を採用しているのは、我が国以外では中国と台湾だけである。同じ制度を採用していた韓国は1990年代にはこの制度を廃止し、民間保険の強制保険化に移行している。

2.強制保険の補償対象範囲の対物事故までの拡大
自動運転時代が到来すると、被害者側が事故を起こした自動運転車メーカーなどの過失責任を追求することは不可能に近くなる。自動運転自動車は最先端テクノロジーの塊であり、運行データなどの「基礎的データ」は自動車メーカー等が独占的に所有しているからである。

 諸外国の状況を調査すると、対人賠償同様、対物賠償も強制保険の対象に加える国が多い。我が国でも対物賠償を強制保険の対象に加え、その迅速な事故処理を期すべきである。
(トムソンネットSBP:鈴木治)